謎だらけのミステリー路線

 東武鉄道の東上線の沿線に移り住んだのは1977年の秋だから、まる41年になる。最初、朝霞台駅から徒歩10分の賃貸マンションにいて、2年後に現在の霞ケ関に引っ越した。
 よその沿線と比べて、特に自慢のタネもない代わりに、我慢ならぬというほどの不満もない。サイタマでダサイと言われれば、確かに、という気もする。
 だが、東京郊外で、適度に田舎の景色が残っていて、池袋までの往復も、林あり畑あり川ありで、毎日、ちょっとした小旅行が味わえるというよさもある。
 そんなことよりも、東上線にはもっと別の面白さが隠されている。実はこの電車は謎だらけのミステリー路線なのだ。
 まず、西武が東口にあって東武が西口にあるという不可解な池袋駅を出発する。二つ目の駅が下板橋で、その先に中板橋、上板橋がある。
 昔からどこでも都に近いほうが上で、遠くなるにつれて中、下となる。電車だって都心に向かうのが上りなのに、なぜ逆さまなのだろう、といつも考え込んでしまう。
 それよりも、最大の謎は東上線という名前だ。東京に向かって北西から南東に走っているのだから、「南下」ではないか。東京から見れば「北上」である。
 東京と横浜、八王子の間を結ぶ線は東横線、京王線と呼ぶ。東上線で「上」の字がつく駅は、上板橋と上福岡がある。だけど、ここと東京の間を走るから、「東上線」と呼んだなんて、まさかねえ。
 埼玉県の北隣の群馬県は昔、上野(こうずけ)とか上州といった。そこまで線を伸ばすつもりで「東上」という名を付けたのに、途中の寄居駅でおしまいになってしまった、という推理も働く。果たして真相は……。
 と、まあ、暇つぶしに想像を巡らせているうちに、池袋駅から霞ケ関駅までの37分の急行電車の小旅行が終わるという仕掛けである。
 最後に一言、私の著作は全部で66作となったが、第一作は『霞が関が震えた日』という題の本だった。だが、これは、わが町・霞ケ関が震えた日の物語ではないので、念のため。
(記事初出は『東京人』1993年11月号掲載・「私の好きなこの沿線・東上線『謎だらけのミステリー路線』」 2019年1月加筆・修正)